スノーボードの大会に出る意味
自分の嫁さんはよく「夫がプロとして競技をしているという話をすると必ずと言っていいほど『え?じゃあオリンピックとか目指してるの?』と聞かれる」と言われるらしいので、今回は『自分が競技や大会に何を求めて出ているのか?』ということを切り口に自分の考えを綴ってみようと思います。
アスリートってみんな上を目指してるんでしょ?
一般的に「アスリートってみんな上を目指していて、最終的には世界レベルでの競技を目指している」という感覚って強いと思うんですが、それってやっぱりメディアに取り上げられているごく少数のトップアスリート達の『トップを目指さないならやる意味がない』みたいなプロ意識的な部分と、彼らの壮絶な努力に裏打ちされたパフォーマンスがアスリートという職業のイメージを押し上げているからだと思うんですよね。
まぁ、もちろんやるからには上を目指してはいるし、全身全霊をもって競技に挑むというアスリートの情熱は、それそのものが人に夢を与え、他人の人生の原動力となりうる素晴らしいものです。
それは心がけるようにはしているのですが、日本では割とスポーツにおいて結果しか見ない傾向があるので、オリンピックに出ることや結果を残すだけがスポーツの意義ではない!というのは声を大にして言いたいと思います。
プロスポーツとしてのスノーボードについて
プロスポーツとして商業化に成功している野球やサッカーなどのスポーツよりも、日の目を見ないような競技は沢山あります。
お世辞にも競技者に対する環境がいいとは言えないような、俗に言うマイナースポーツと呼ばれるものは多くて、僕がやっているスノーボードクロスもそのリスクやコストに対して対価なんてないと言ってもいいようなもんだと思います。
『稼げてないならプロと呼べないんじゃない?』という意見は全くもって正論だと思いますし、特にマイナースポーツにおいては『そこをどう食っていけるようにしていくか?』っていうのが業界全体、そしてアスリート個人が乗り越えなければいけない課題でもあり、その解決を主導しながらアスリート達をサポートしていくのが協会や連盟と呼ばれるような団体なんかが存在する意義だとも個人的には考えています。
(よく聞く協会系のミッションで目にする『普及と発展に寄与する』ってやつですね)
なんでプロやってるの?
話を戻して、なんでそんな中でリスクや金銭的な負担を負ってでも競技や大会に出続けるのかという問いに対する自分の答えはシンプルで、『そこには金銭的なもの以外/以上のリターンを(結果として)感じているから』なんですよね。
実はこの感覚は本当に最近、このブログを再開するタイミングで改めて気づいたんですけど、そういえば最初イントラ目指した時を思い返せば、
毎日が本当に楽しかった時っていうのは、『何がリターンか?』なんか気にせずに『とにかくやりたいからやっている』時だった
なんて思います。
自分にとっては大好きなスノーボードやアウトドアの魅力を誰かに伝えようとしている瞬間が最も幸せを感じられて、それこそこういう記事を書いてる時が本当に楽しいし、実際に読者がほとんどいなくても、好きなことについて考え、文章を綴っている瞬間っていうのはそれだけで価値のあるものではないかと思うのです。
価値とお金と自由とのバランス
もちろん、他人に価値を提供しない限りお金はもらえません。
でも、お金だけでなく自由な時間もなければ、こういう風に好きなことに時間を費やすこともできない…どうやって好きなことをやるための時間やお金を捻出し、やるべきこととやりたいことのバランスをとっていくのか?
そういう部分が個人的に感じている、人生の中で最も難しい部分だな、とも思います。
ただ、最も気を付けなければならないと思っているのは、元々はその『自由に好きなことをするため』の時間やお金を稼いでいたはずなのに、(自分を含めて)人は簡単に『時間やお金を何に使いたいのか?』を見失いがちだということだとも思います。
(=手段と目的が入れ替わってしまう)
忘れないように日々自分でも思い返すようにしているのが
中心に据えるべきはものごとが内包する『本質的な価値』であって、『モノやコトそのもの』ではない
ということ。
以前の記事でも書きましたが、自分はどんなミッションを持って今を生き、それがどんな未来につながっているのかは常に意識していきたいところですね。
っと、ここまでで既にだいぶ長くなってしまったので今日はこの辺で!
また次回~!
Ogi